こんにちは。やっす(@yassu_blog)です。
この記事では世界遺産のフランスのエッフェル塔の歴史を解説していきます。
・実はエッフェル塔は世界大戦の影響で今も残っている!
エッフェル塔に行くときに知っておくと更に観光が楽しめるので、是非ご覧ください。
エッフェル塔はどこにあるの?
エッフェル塔はフランス・パリの中心部を流れるセーヌ川のほとりに立っています。
セーヌ川の周辺はエッフェル塔も含め、1991年に世界遺産「パリのセーヌ川河岸」に登録されています。
そのため、エッフェル塔から徒歩で行ける圏内に凱旋門やノートルダム大聖堂、ルーヴル美術館と行った観光スポットが集まっています。
エッフェル塔の歴史
建設
1884年、フランス革命100年を記念して1889年にパリ万博が開催されることが決定します。
そして、その万博のシンボルとなる建造物として巨大な建築物を建てようという話が持ち上がりました。
当時は世界中で高層建築がブームとなっており、当時はアメリカのワシントン記念塔が169mで世界一大きい建物でした。
そのため、それを上回る高層建築物の建設が検討され、上がった案のうち1つがエッフェル塔でした。
そのような背景で1886年にエッフェル塔の建造が決定します。
エッフェル塔はギュスターヴ・エッフェル率いるエッフェル社により建設されました。
このギュスターヴ・エッフェルはニューヨークにある自由の女神の骨組みも建設している人物です。
パリ万博
そのようにして1887年1月からエッフェル塔の建設が開始され、わずか2年2か月でエッフェル塔は完成しました。
高さは312.3mであり、当時の世界一はワシントン記念塔の169mを2倍近く上回って当時世界一高い建造物となりました。
1889年5月6日からパリ万博が開幕し、エッフェル塔へは世界中から人々が押し寄せました。
当初はエレベーターがまだ完成していなかったため、1710段ある階段を多くの人が自らの足で登ったと言われています。
また、完成当時はその奇抜な外観が街の景観を損ねるということで、芸術家や文化人から反対の声も上がっていました。
しかしこの年のエッフェル塔への来場者数は計200万人を超えるほどでした。
軍事での利用
しかしパリ万博終了後は徐々に来場者数も減少していき、1909年を目途に取り壊されることが決まりました。
しかし、時代が第一次世界大戦へ向かっていくにつれ、エッフェル塔は軍事的な利用価値が高まります。
エッフェル塔は軍事用の無線電波の送受信として活用され始め、その後は妨害電波の発信にも使われることとなりました。
もし、第一次世界大戦が起こっていなかったらエッフェル塔はすでに取り壊されていたかもしれません。
このようにして軍事活用され始めたエッフェル塔は一般客の入場はできなくなりました。
大戦の終了後
そのようにして軍事目的として使われていたエッフェル塔ですが、第二次世界大戦終了後には、塔への一般客の入場も再開します。
そして現在に至るまでエッフェル塔は電波塔として使われ続けています。
2017年9月には来場者数累計3億人を突破し、世界一多くの人が訪れた有料建築物とされています。
100年以上前から多くの人を魅了し続けてきた建築物は世界中探しても、それほどないかもしれませんね。
世界遺産への登録
また1991年には「パリのセーヌ川河岸」としてノートルダム大聖堂などとともに世界遺産に登録されました。
構成資産としては、ノートルダム大聖堂のほか、ルーヴル美術館やエッフェル塔からセーヌ川を挟んだ向かいにあるシャイヨー宮なども含まれます。
シャイヨー宮はエッフェル塔が綺麗に見られる場所として人気がありますが、建物そのものも世界遺産なので、是非合わせて見学してみて下さい。
まとめ
エッフェル塔は世界一入場者数の多い有料建築物で、皮肉なことに世界大戦があったことで、今も現存している建造物でした。
是非フランスのパリに行かれた時は、このエッフェル塔な数奇な運命を思い返して欲しいと思います。
参考記事 モン・サン・ミッシェルの歴史【行く前に知っておきたい!】
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